花束

書いてたけど当たり前に間に合わなかった。
お題に対して何のひねりもないKA

 

「先輩、卒業おめでとうございます」
サークルの後輩が小振りの花束をくれた。
大きな紙袋にいっぱいに詰まったそれをひとつ差し出され、くすぐったい気持ちになる。
「ありがとう」
わざわざ人数分用意してくれるなんて律儀だなあと目を細めて微笑みながら受け取った。こうやって気にかけてくれる人間がいるのは素直に嬉しいものだ。

真新しいスーツとシャツには皺もなく、その下には傷ひとつ無い革靴。皆似たようなものだ。来月からは日常的に身に付けるものだけれど、おろすなら今日だろう。
勿論楽しいばかりではなかったし、なんならレポートの提出に追われながらバイトに明け暮れていたから忙しないままここまで来たけれど、この大学に来て良かったと思う。同期もこの後輩もここに来なければ関わることも無かったんだろうし。
他の先輩にも渡すのでと数言交わしたあと離れていく後輩に軽く手を振り歩き出す。この後は帰るだけだ。他の仲のいい同期達は今日は家族で過ごすから飲み会は明日する予定になっている。

「なんだよ伊月もう帰るのか?」
声を掛けられてそっちを向いたけれど、一瞬誰か解らなかった。とは口にせずに答える。
「うん、そのつもり」
「打ち上げは?」
「僕らは明日」
「なら今日は俺らと行こうぜ」
「いいけど、増えても大丈夫なの?」
「平気平気。それよりお前も一瞬誰って顔しやがったな~」
「ごめんごめん。だってさ、髪型全然違うから」
そうなのだ。今まで毎月のように髪型も色も変えてばかりいたこの男が真っ黒に染め直した短髪になっていたんだから。
「あー。ソレ皆言うよ」
モラトリアムはおしまいってこったと短い髪を掻きながら歩き出す。このまま打ち上げの店に行くらしい。
「俺が遊べんのは大学までだからなー」
そこまで深く付き合いがあるわけではないけれど今までの髪型の変遷もあって学内でも目立っていた男だ。すれ違う人間が一瞬あれっという顔をしてえっと二度見するのが面白い。
「急にドレッドになった時と同じくらい衝撃だった」
「あーブレイズな。あれは頭洗うのめんどくてすぐやめたんだっけか」
「似合ってたけどね」
「絶対思ってないだろそれ」
「いやほんとに」
派手な髪で悪目立ちしていたけれど、人当たりもいい。面倒見も良くて声も不思議とよく通る。それもあって大学内でも男女問わず人気がある。その証拠にその手には花束の入った袋が複数掴まれている。
「そういや伊月って院行くのか?」
「いや、普通に就職。商社だよ」
「ふーん。お前人たらしだし営業向いてそうだしな」
「ひとたらしって」
「なに、お前皆にそう言われてたの気づいてなかったのか?」
「え、なにそれ」
「あのくっそ厳しいで有名な教授がにこにこ相談に乗ってたのお前くらいだぞ」
「え?」
「おーい暁人くん」
大学の敷地から公道へ出るところで路肩に停車させたバイクに跨った人から声をかけられた。手をこちらに振っている。バイザーを上げているからその声と顔ですぐにわかった。
「凛子さん」
「卒業おめでとう。今日だって聞いてたから。アジト一同からよ、はいこれ」
近寄れば後輩よりは大きいけれど片手に納まる可愛らしいアレンジの花束を差し出された。
「わ、ありがとうございます」
「あの男は仕事でいなくて残念ね」
「あー、KKからはもう卒業祝いもう貰ってますから」
「あらそうなの?ま、それは今度聞くわ。あまり引き留めたら悪いし。またね」
「ありがとうございます凛子さん」
言葉通りさっくりとバイクを吹かして去っていった。ちなみに今日乗っていたのはあの日ダメにした超特殊なエンジンを積んだ大型バイクではなく普通の中型バイクだ。
「伊月ってなんかすげー知り合いいんのな」
「あはは、バイト先の人だよ」
意外そうに言われればなんだか照れ臭い。
「へえ。やっぱ人たらしじゃん」
一緒に渡された紙袋に花束を納めていればその花束を見て言う。
「ええ、沢本には言われたくないんだけど」
「俺のはわざとやってんだよ」
「え?」
「俺んち寺だからさ。俺も坊主にならないといけないし、そういうのがあってわざとやってんだよ」
さっさと店に行こうと先を歩いていくから表情は見えない。然程変わらない歩幅だ。意図して遅らせなければすぐに横に並ぶ。
「大事にされてんじゃん」
「え?」
「花言葉ってのがあるだろ。お前の幸せを願ったような言葉ばっかだよそれ」
「え、そうなの?」
「この時期の花屋は同じようなの良く作るんだろうけどさ、見栄えだけならもっと、なんか薔薇とかにするだろうしな」
言われて紙袋からのぞく花束は、薔薇も入ってはいるが小ぶりのつぼみでどちらかと言えば可愛らしい印象の花が多い。花の名前は知らないけれど、彼の言う通りだとするなら。胸の奥がじんわりと暖かくなる

「花言葉かあ」
「なんかさ、今更だけど元気になって良かったよ」
「うん?」
「色々あってしんどそうだったからさ、みんな心配してたんだ」
「……ありがとう」
「俺らじゃなにもしてやれなかったから」
「僕自身立ち直ったとは言い切れないままだけれど、周りの気遣いにはなんだかんだ助けられたよ。感謝してるんだ皆にも」
「そうか。……そういや飲み会のネタが増えたな。伊月がカッコいいお姉様に花束貰ったってな」
「ええー」
本当に人たらしはどっちだよと思いながら笑った。

大学近くの居酒屋で、まあ卒業式当日ともなれば店の大半はうちの大学の関係者だ。
なんならその店でバイトをしていた奴もいるくらい当たり前の日常があった。とはいっても卒業してしまえばもうそうそう縁がない人間も多いだろう。今日集まっているのはほとんど地元ではない人間で、きっともうあまり会うこともないかもしれない。騒いで愚痴って、思い出したりこれからを話したり。話題は尽きなかったけれど、それでも早々に店を出る。近所に住んでいる人間以外はそのままの格好で来ているから半分くらいは花束を抱えているというあまり見ない状態で少し面白かった。
「二次会行くか?」
「うーん、帰るよ」
実質幹事だった沢本に声をかけられたけれど二次会は断った。最後だから羽目を外すなんてことはしないだろうけれど、明日も飲み会がある。極端に酒に弱いということはないけれど二日酔いは避けたかったのもある。
「そっか。じゃあまたな」
「うん、またね」

すっかり帰ることに慣れた道を辿りワンルームのわが家へ。新しくも古くもないマンション。それなりに駅まで近い場所だったからここに決めた。職場に近いところに引っ越そうかとも思ったけれどそれ程遠くもなければ乗り換えも複雑ではなかったのでもうしばらくはここにお世話になりそうだ。
一階のポストを開け何枚かあるチラシにざっと目を通し服屋のダイレクトメールだけを拾いあとは備え付けのゴミ箱へ。そのまま階段を昇り部屋へ。
「え?」
自分の部屋の階に着けば部屋の扉の前に人がいる。しかもよくよく知っている人間だ。慌てて近寄れば向こうもこちらに気付いた。
「よう、早かったな」
「なんでいるのさ」
「そりゃあ、お前に会いに来たからだろ」
「いや、え?依頼は?」
「さっきカタが着いた」
「そ、そうなんだ」
「へとへとになっても会いに来た恋人にそんな反応たあ冷たいねえ」
KKのわざとらしい揶揄い口調にようやく平静を取り戻した。今日はスーツじゃないから文字通り怪異相手に走り回ったんだろう。
「それはうれしいけど、それ、なに」
「卒業祝い」
「こないだこのスーツ買ってくれたじゃん」
「それはそれってやつだ」
受け取れよって差し出されたそれは今日一番の花束で。思わず両手で抱え込んだ。確かな重みに笑ってしまう。
「これ大きすぎない?」
「大事な日だからいいだろ。卒業おめでとう暁人」
「ありがとうKK」
なんだかくすぐったくて花束に顔をうずめて言ったらKKも照れ臭そうに笑った。

2023/3/26