HAPPY HALLOWEEN

「トリック・オア・トリート」
アジトに戻って早々出迎えた暁人の第一声がこれだ。最近嫌ってくらいに聞こえてくるフレーズだ。溜め息をついても仕方がないだろ。
街中はどこもかしこもオレンジ、黒、紫のデコレーションで溢れていて目に痛いくらいに騒がしい。特に今日は渋谷のスクランブル交差点になんてどうにもなら無い理由でもなければ絶対に近寄りたくない日だ。たとえタクシーを捕まえられず渋々一駅歩いたとしても他の駅から乗った方がマシだという盛況具合だ。元同業の人間達も各所から駆り出されていることだろう。
「いい歳してなにやってんだ」
「ハロウィンだから取り敢えず言っておこうかなって」
「ガキかよ。つうかもうなんか貰ってんじゃねえか」
手元には安っぽいプラスチックのカボチャのバケツ。近くのコンビニにあったやつと同じっぽいな。であれば中身は同じようにカラフルな菓子の詰め合わせなんだろう。ソファの奥にずれる暁人の横に座り込む。解ってはいたが流石に今日の人混みは疲れる。
「凛子さんが麻理達のついでにくれた」
「あいつら高校生だしな」
どうにも手放しで明るく生きてきたわけでもないこともあり凛子どころか自分も含めアジトの面々があの二人に対して少しばかり過保護であるというのは認めざるを得ない。そしてそれは暁人に対してもだ。凛子が用意したのだってあの二人のついでなんかじゃないだろうが成人してるんだけどねなんてぼやいている暁人には黙っておく。どこかくすぐったそうに笑うのを見ていると満更でもねえクセにとも思うがこれも口にはしないでおく。口は災いのもととはよく言うだろ。
「食べる?」
「んな甘ったるいモンいらねえよ」
「そう?」
目立つパッケージにはなっているがそこらの輸入品店で見かけそうな薄い可愛らしいであろう色をしたマシュマロをつまみ上げ、包みを開けている。
「……すごい甘い」
口に放り込んで暫くもごもごと味わったあとお茶いる?と聞きながらいそいそとキッチンへ消えていった。自分が飲みたいだけだろうにわざわざ声をかけていくのが面白い。
電気ポットに水を入れ湧くのを待つ。その間にドリップパックをそれぞれのカップにセットしていく。いつの間にか各々のマグカップが置かれ当然のようにそれを使うようになった。あのどうしようもなかったキッチンも今じゃ見違えるくらいキレイなもんだ。
「はいKKの」
ぼんやりと見慣れた姿をながめている間にコーヒーは入れ終ったらしい。目の前のテーブルにカップが置かれた。
「そういえば戻ってくるの遅かったね。なんかトラブルでもあった?」
「あー、これ買うのに寄ってきたんだよ」
「なに、ってあ。ドーナツだ。KKが買ってくるなんて珍しいね」
ビニール袋の中には紙箱が入っている。印刷された文字を見てすぐに中身が解る程度には有名なチェーン店のものだ。
「お前が食いたいって言ってたんだろ」
普段どころではない人混みの中でわざわざ店に寄るつもりはなかったがそういえばまだ食べてないなとかテレビのコマーシャルを見ながらぽつりとこぼしたのを思い出したからだった。
「え、わざわざ買ってきてくれたの?ありがとう。嬉しい」
ハロウィンの時期の限定販売だとかだからもう数日中には店頭から消えるんだろうと思ったら自然に足が向いた。とはいえ見えている店に入るにも店内も大分混雑していてだいぶげんなりしながら買ってきたわけだが、ドーナツくらいでそんなに嬉しそうな顔をするんだから仕方がない。
いそいそと箱を開けハロウィン仕様のドーナツをどれから食べようかと迷っている横顔に頬が緩むには仕方がない。テーブルの端に追いやられたカボチャのバケツに優越感を抱くなんて末期だなとは思うがこれも仕方がない。
「KKはどれにする」
「俺はいらねえ」
「えー?」
たかが数個で迷って、顔のついたドーナツを可愛いって言いながら頭から食っていくのがまたらしくて笑える。
「あ」
「ん?」
暁人がしまったとばかりに声をあげた。
「KKがドーナツくれたからイタズラできない」
絶対におやつなんて用意してないと思っていたのかあてが外れたとばかりに言うもんだからそりゃ気になるだろ。
「んだよなんか仕込んでたのか?」
「まだ仕込んではいないかな」
「まだって何するつもりだったんだよ」
根が真面目な暁人のするイタズラなんて大したことはないだろうが一応聞いておく。
「シャワー浴びてるとこにアイスバケツ」
「意外とガチなやつじゃねえか」
思ったよりちゃんと嫌なダメージをくらうイタズラでちょっと引いた。誰だよそんなの教えた奴は。
「やだなあ冗談だよ」
滅茶苦茶目が泳いでるぞ。凛子辺りの入れ知恵か。余計なことを。実害が無かったとはいえやられっぱなしは性に合わねえよな。
「暁人。トリック・オア・トリート」
「へ?」
「他人からの貰い物は駄目だ」
「ええー…」
ちらりとカボチャのバケツに視線をやったのを却下する。
「それ食ったら帰るぞ」
「流石に全部はちょっと。残りは持って帰るよ」
そう言いながら二つ目のドーナツをぺろりと平らげてコーヒーを口にする。
「妹は凛子達んとこだろ?」
「なんか三人でホラーな映画見るんだって」
「ホラーなあ。幽霊なんてそこらにいるじゃねえか」
「いや、それはそれじゃない?」
コーヒーをのみ干し二人分のカップを洗いにキッチンへ立つ。片付けくらいはしてやる。その間に暁人は残ったドーナツの入った箱をビニール袋に戻している。
「で、イタズラは何して欲しいんだ?」
「それ聞いたら意味なくない?て言うかイタズラとかしなくていいし」
「そりゃそうだけどな」
連れだってアジトを後にする。あの夜とは違ってしっかりと鍵をかけた。一応聞いてはみたけれどまあどうせベッドの上でのささやかな悪戯になるのはお互い解っているんだが。さて、何をしてやろうか。