ウォータースライダーのあるホテル

仕事でラブホに行くKA。

 

例のごとくマレビトや穢れが沸くのは人間の感情の澱みからだ。つまるところ愛憎渦巻いている場所には当然のようにあいつらが居て、付属的に霊障が起こる。そうして俺らみたいなことを生業にしている人間の所へどうにかしてくれって依頼が舞い込む。今回もそういう類いの依頼だ。
「け、KK、ウォータースライダーがあるんだけど?」
シンプルな扉を開いて部屋の中へ入れば部屋の中にあるには異色なものがあった。あったがまあそういうとこもあるだろう。少なくはなったが変なホテルが流行るのは昔からの習いだ。回転ベッドとか風営法の関係で殆どなくなったことからもわかる。だいたい無くなったなんてわざわざ言われるってことはそれくらい普通に認知されていたってことだ。
「ああ。ま、変わったもん置いてるとこなんて結構あるだろ」
「え、そういうものなの?」
「んだよラブホなんて来た事ねえわけでもあるまいし」
「……」
俺の言ったことにあからさまに口を閉じた。渋谷でだってホテルに入っただろうに。いや、そう言えばあの時も入ったことはないみたいなこと言ってたっけか。
「暁人?」
「何」
顔を反らしたままというかウォータースライダーをじっと見ている暁人に声をかけるも反応は渋い。そんな気にすることかねえ。
「そういやラブホ来た事ねえって言ってたか」
「だったら?悪い?」
「いや、そういうわけじゃねえが」
あからさまに不機嫌そうな声が返ってきて笑う。まったく可愛らしいもんだ。
「滑りてえなら滑って来いよ」
「滑りたいなんて言ってない」
「そうか?」
わざと少しはずした事を返してやればまんまと乗ってくる。こういう間の会話が心地よくてよく馴染む。気に入っている自覚はあるが、正直俺なんかじゃあいつに釣り合わなすぎて手なんて出せるはずがない。そう思い至ってからは適度に距離はとれている筈だ。だから仕事で二人きりだろうがラブホに来させられようがどうにもなりようはないんだが、暁人が慣れない場であるだけで狼狽えるのが可愛いなとも思う。思うのは自由だしな。あとはうっかり口に出さないようにだけ気を付けとけばいいだろう。
「そこの蛇口で水が流れる」
気になってないとかなんとか言いながら気にしているからいっそ着の身着のままで滑らせてやろうかと思ったがあのままずぶ濡れにしたら朝まで文句を言われ続けそうだし、アジトでも説教が追加されそうだ。
「あ、ほんとだ」
「滑るんなら全裸じゃなくてそこのガウン着ろってよ」
指差した先にはシンプルな薄いピンクのガウンがかけられている。バスローブとかじゃねえんだなと思ったがそれじゃ滑りにくいからかもな。
「ガウン?あああれ?なんで?」
「摩擦で擦れるらしいぞ」
「あースライダーって水が少ないとこだとたまにあるよね……ってそんなのどこで聞いたの?店員さんそんなこと喋ってなかったよね?」
「そこにいるだろ」
「は?うわっ」
天井に貼り付いた悪霊みたいな何かがぶつぶつ呟いていたから何となく耳を傾けたらわざわざご丁寧に使い方を案内していた。客だけじゃなく店員の思念も混ざった澱みのようだ。
「えー…何でちゃんと聞いてんのさ」
「書類書くのに必要だろ」
「それもそう…かなあ?」
なんだか納得がいってなさそうだがあまりに中身が無いともっと細かく書けと言われるんだから仕方がない。本来ならああいうものに耳を傾けるべきじゃないがな。
「滑らねえならさっさと祓って次の部屋だ。ちなみにそれはこの部屋にしかないらしいぞ」
「だから滑らないってば」
呆れたようにそういうのを見てから澱みを祓った。他の部屋も変なとこがいくつかあるらしいがこいつがいちいちどんな反応をするのか楽しみだな。